かえりみち


何をもたついているんだ。
早くしてくれたまえ。
オケの集中が切れちゃうでしょう。

若者は、奥の大きな計器盤の前で体が固まってしまっている。

新人なのかな~。
指揮者・井上が諦めかけたそのとき、若者の細長い腕が計器盤の中の一つのボタンを押した。

良かった、これで明るく・・・

なると思ったら、ステージの背面の虹色のバックライトが、派手に点灯。

おい。そういう明るさを、求めたんじゃない。

若者、次のスイッチをオン。

「オーレ~オーレ~、マツ○ンサンバ~」
場違いな音楽が、ホールに響き渡る。

君・・・。

慌てた若者、次のスイッチをオン。
ウイーンというモーター音が床下から聞こえてきた。

ちょちょちょ、ちょっと?!
指揮者・井上は乗っていた指揮台ごと、突然床に沈み始めた。

この展開に、幸一が立ち上がって後ろを見る。

「卓也?!ストップ!今のボタン、元に戻しなさい!」

「・・・どれを押したのか、もう分かりません・・・」
泣きそうな声。

・・・泣きたいのは、こっちだよ。
なんという屈辱。
さっきまで一番見晴らしのいいところにいたのに。
なんだ、この暗くてカビっぽい空間は。

気づけば指揮者・井上は、ステージの下の奈落の底に到着して、そこからはるか上に見える明るい四角の光を見上げていた。
さっきまで、自分が浴びていた光だ。

その四角の天窓から、幸一が顔を出して指揮者・井上を見下ろす。
「すみません、あの子は僕の連れで、葛西卓也っていうんです。チェリストの卵なんで、今日見学に来させました」

・・・島田さん。
そんな情報はいいので、
私を早くここから助け上げてください。

・・・。
島田ー。
笑うなー!!!