かえりみち


夕食の後、幸一は昔の写真を卓也に見せた。

しげしげと古いアルバムをめくっていた卓也が、突然笑い出す。
「これ、もしかして安川教授ですか?」

時代を感じさせる、若かりし頃の安川の写真。
ロン毛にパンタロンだ。

「この格好で、チェロ弾いてたんですか?」

お茶を飲みながら、幸一が微笑む。
「そ。そんな格好でもして虚勢張らないと、緊張しちゃうんだってさ」

「はぁ・・・」
卓也が首をかしげる。

「あいつも意外と気が小さいところがあるからね。本番前によく、「の」の形した錠剤を飲んでたよ。三錠飲むと緊張が解けるんだってさ」

卓也が目を輝かせる。
「それ、僕も勧められました!全然効かなかったけど」

「あはは、やっぱり。ま、僕も人のことは言えないけどね」

すっかり打ち解けて話している二人。
キッチンから、由紀子が片づけをしながら二人の様子を見ている。

伏目がちに笑うところも、
かすかに現れるえくぼも、
あの子にそっくり。
錯覚してしまいそう。
あの子が帰ってきたって。

「島田さんにもあるんですか?本番前の弦担ぎ」

「誰にでもあるんじゃないかなあ」

「教えてください。」

「だめ。秘密。」

「え?教えてくださいよ」

キッチンから由紀子。
「あら、私も知らないわ。何なの、あなた」

「駄目だってばぁ」
なぜか照れている幸一。