「あの。僕、このチェロがとても気に入りました。大切にしますから、売っていただけませんか」
あいつが、思いつめた表情で言う。
「・・・」
「これ、前のチェロを売ったお金です!」
あいつは、札束の入った封筒を仰々しく取り出した。
「・・・」
「・・・これ、阿南さんのチェロを買うために貯めていたお金です!」
あいつは、ブタの貯金箱をテーブルに置いた。
「・・・」
「・・・これ、僕の全財産です」
あいつは、ぼろい財布をひっくり返した。
埃と小銭が、バラバラ落ちた。
373円也。
俺が黙ってたのは、出された金額が不満だったからじゃない。
前来たバイヤーには、雀の涙くらいの額で買い叩かれたから。
俺は驚きのあまり、驚くことすら忘れて突っ立ってたんだ。
あいつが、一オクターブを昇って帰ってくるまでの間に、俺はすっかり、この音色のとりこになっていた。
思わず、こう言っていた。
「そのチェロ・・・お前にやるよ」



