「島田、ちょっと」
安川は幸一の腕をつかんで、廊下へ引っ張り出した。
「どうしたんだよ、島田。彼のチェロに惚れこむ気持ちは分かるけど…」
「…」
幸一は、思いつめたような表情でうつむいている。
安川の知っている、温厚で快活な島田幸一ではなかった。
やがて幸一が顔を上げた。
熱にうなされた後のような、上気した頬。
メガネの奥の瞳にうっすら涙が浮かんでいる。
「あの子、・・・歩に似てるんだ」
「え?」
「歩に似てるんだよ、あの子。・・・放っておけない」
「島田。」
安川が幸一の両肩に手を置いた。
「そういうことなら、やめておけ。彼は歩君じゃない。お前がつらい思いをするだけだ」
「つらい思いは、もう慣れたよ」
幸一は、薄く笑みを浮かべた。
「僕はただ、歩によく似たあの子の…笑っている顔が見たい、それだけだ。それで僕も救われるような気がする。歩に何も、なんにもしてあげられなかったんだよ!」
「…。子供を亡くしたことのない僕には、何も言えない。だけど…」
突然、教室の扉が開いて安川の言葉をさえぎった。
そこに卓也。
「いいですよ」
「卓也!?」
中で春樹が、驚いている。
幸一は卓也に歩み寄った。
「・・・ほんとうに?」
「はい。」
幸一が、突然卓也の手を握る。
「ありがとう。・・・ありがとう」
嬉しそうな幸一。
されるがままの卓也。
その二人を、安川が複雑な表情を浮かべて見守っていた。