「あの、島田幸一さんですよね?」

その一言で、幸一は現実の世界に引き戻された。
周りがざわつき始めている。
幸一に気づいたようだ。
「あ・・・はい」

青年の瞳が、ぱっと輝いた。

「今日のソナタ、本当に素晴らしかったです」

幸一はどうにか落ち着きを取り戻した。

「聴きに来てくださったんですね。どうもありがとう」

「あの、サインいただけませんか?ここに」

青年は小脇に抱えていた紙袋から、演奏会のチラシを出した。

「えぇ、いいですよ」


青年は、チラシに書かれた幸一のサインを嬉しそうに眺めた。
「ありがとうございます。大切にします」
そのはにかんだような笑顔が、自分があげたプレゼントを開けているときの、歩の顔とだぶって見えた。

「あの、君・・・」

「私たちにもいただけます?サイン」
そのとき、二人の婦人が二人の間に割って入ってきた。
気づくと二人の周りに人だかりができている。

一礼し、去っていく青年。
「あ・・・」
人の壁に阻まれ、幸一はその後ろ姿を見送ることしかできなかった。