エメラルドグリーンの海面を、手漕ぎのボートがゆっくりと進んでいく。

太陽がまぶしすぎて、目を細めた卓也の視線の先に、小さな南の島。

人の良さそうな日焼け顔の人夫が、ボートをこぎながらしきりに何か話している。
片言の英語はなまりが強すぎて、何を言ってるのかさっぱり分からないのだけれど、どうも
「こんな辺ぴなところに、外国人が何をしに行くんだ」
と不思議がっているようだった。

白い砂浜から突き出た、驚くほど華奢な作りの桟橋に着くと、ボートは卓也とスーツケースを下ろし、また島を離れていく。

桟橋の、ところどころ外れた床板を避けながら、卓也は砂浜に下り立った。

人の影一つない。
世界から、ここだけ取り残されたように静かな砂浜。
聞こえるのは波の音だけ。

その砂浜の外れに、古びたホテルが建っている。



卓也は、そのホテルの中の、ある一つのドアの前に立った。
水色のペンキがはげかかった、薄い扉板。
その扉の向こうから、力ない空咳が聞こえる。