桜庭は、百合の薬指から、婚約指輪を外した。
続いて、自分の指からも。
そしてそれを、脇にあった吸殻入れに落とした。
チャリン、と響く金属音。それはまるで、百合の手首にはめられた、見えない枷が解かれた音のようにも聞こえた。

百合は、突然の出来事に、呆気に取られてぽかんとしている。

「どうやら、君のことがほんとに好きになっちゃったみたいだ」
桜庭は首をすくめて笑った。

桜庭は、百合に背中を向けて去っていく。

俺の行動に、何か裏があるんじゃないかって?
ハハ。そんなもの、ないさ。
ただ、俺には分かったんだ。
ステージにいたあいつが、微笑んで見つめた視線の先に、誰がいたのかが。
百合とあいつは、二人にしか見えない透明な強い何かでつながっているって。
その間で、俺がメスを振り回して暴れまわったところで、決して切り離せない何かで。

「・・・桜庭先生」
百合の声に、桜庭が立ち止まって振り向く。

百合が、微笑んでいた。
「・・・ありがとう」

「やっと笑ってくれたね」
そう言い残し、立ち去る桜庭。

やれやれ。
百合はバカだな。この俺様を振るなんて。
そこまでするんだから、絶対に幸せになれよ。

桜庭は歩きながら、吹っ切れたような笑みを浮かべた。