かえりみち




周りのものなど、もう気にならなかった。
卓也が微笑み返す。
体の震えが、気づかぬうちに収まっていく。

座ってチェロを構えた。
拍手がやみ、ピンと張った弦のような、一瞬の凛とした静寂が卓也を包む。


井上のタクトが下ろされた。
シューマンのチェロ協奏曲。
早朝の静かな湖面を思わせるような、穏やかな短い前奏部。


百合が、祈るように両手を組んだ。

春樹が息を飲む。

幸一と由紀子が、じっと卓也を見つめている。

そして-