かえりみち


指揮者・井上がステージに出て行く。
今や遅しと、待ちわびた観客から、大きな拍手がわき起こる。

それを、薄暗いステージ袖で見送るタキシード姿の卓也。

ステージが、明るく輝いて見える。
一歩足を踏み出せば、もうそちらの世界だ。

卓也はちらりと後ろを振り向いた。

少し離れたところで、幸一と由紀子、それに桜庭と春樹がそれを見守っている。

言葉はもう届かない。
でも、幸一の優しいまなざしが、
「がんばれ」
と言っているように見えた。

「・・・」

卓也は向き直り、足を前に出した。
もう戻れない道を、歩き始めた。



その背中を見送りながら、幸一が春樹にそっと尋ねた。
「・・・会えたの?お父さんに」

春樹が首を横に振る。
「家はもう・・・引きはらった後でした」

「・・・そうか」