「・・・僕は結局、チェロのために家族を犠牲にしたのかな」
「・・・」
「もっと、由紀子や歩のそばにいてあげれば、あんなことは起きなかったんじゃ・・・」
由紀子が幸一の言葉を優しく遮った。
「あんなことがあっても、あなたはわたしを愛してくれた。それだけで、わたしは幸せ。」
鏡越しに由紀子が微笑みかける。
「でも、わたしが傍にいてほしいって思ったときは、あなたはいつも傍にいてくれたわ。あなたは、夫としてもチェリストとしても、一流よ。そして、父親としても、ね」
自分が息子の未来を守るために何を犠牲にしようとしているかを、由紀子はやはりちゃんと分かっていてくれた。
「…ありがとう。」
幸一は笑みを浮かべ、肩に置かれた由紀子の手に自分の手を重ねた。
「こないだ、卓也には照れくさくて言えなかったけどね。」
「え?」
「本番前に君の手を握ると、ほっとする。それが僕の、本番前の儀式なんだ」
鏡越しに、二人は微笑みあった。
そのとき、誰かがドアをノックした。
百合だった。
思いつめたような表情で、立っている。
「お話したいことが、あるんです」



