2分後。
「阿南楽器工房」と書かれたバンが、猛スピードで駐車場を飛び出した。

「まったく、お前ってやつは!このクソ大変な時によ、バカヤロー!」
運転席でハンドルを握る春樹が、エンジン音に負けじと大声で怒鳴っている。

「面倒くせぇったらありゃしねぇ、このアンポンタンめ!」

「ごめん」
そう言いながらも、春樹の突き抜けた感じの悪態が心地よくて、助手席の卓也は気づかず微笑んでいた。

SとかMとか、そういう趣味があるわけじゃないんだけど。
ハルに悪態をつかれると、なぜだか逆に気持ちが楽になる。
いつもそうなんだ。

「ありがとね」

「あぁ?」
本当に聞こえなかったのか、照れくさくて聞こえない振りをしたのか、春樹はどちらにも取れるような生返事をした。

「いや、なんでもないよ」

いつかまた、きちんと伝えたいから。
今は、「なんでもない」ことにしておこう。