「お前はもう、ここの生徒じゃないぞ。勝手に入るんじゃない」

そう言いながら早乙女教授は、講堂の空気がいつもと違うことに気づいた。
ぴんと張り詰めた空間。

その真ん中に、卓也がいる。
いつものように、蒼白の顔。
しかしその目には、壮絶な決意がみなぎっていた。
まるでこれから戦に臨む侍のように見えた。

「・・・安川教授に、許可はとってあります」

卓也がチェロに弓をあてる。
一気に息が荒くなり、体に震えが来る。
弓が弦の上で不規則に弾み、無意味な音をたてた。

「ほら、言わんこっちゃ・・・」
早乙女教授が言いかけたとき、奇跡は起こった。

コダーイのチェロソナタ。
揺れ動く弓を無理やりに弦に押し当て、卓也が弾き始めたのだ。
乱気流に巻き込まれた飛行機のような、上昇と下降を激しく繰り返すメロディー。
そのチェロから生まれる音色が講堂全体に広がり、一つの世界を紡ぎだしていく。

呆気にとられる早乙女教授。

髪を振り乱しながら、一心不乱にチェロを弾く卓也。
その姿はまるで、内から絶えず湧き上がってくる恐怖を必死にたたき切っているように見えた。