けしからん。
全くもってけしからん。

早乙女教授は、小雨の降る高伊音楽院の中庭をつっかけのまま走っている。
中庭をぐるりと取り囲んでいる校舎の中を通れば、講堂まで雨に濡れずに行くことはできるのだが、そんな悠長なことはしていられなかった。

早乙女教授をここまで急がせているのは、新米教授の小林が放った一言だった。

「葛西君、今日からうちの講堂で猛特訓なんですってね。島田幸一さんの代役で東都フィルと共演することになったって」

・・・ぬわんだってぇ~?!

あの、お荷物学生が?
あの、追試の常連学生が?
島田幸一の代役?!

務まるわけ、ないだろうが!!
これ以上、高伊音楽院の名に泥を塗るんじゃない!
私の評判が下がるだろうが!!

早乙女教授は頭から湯気を出しながら講堂にたどり着くと、威勢よくドアを開けた。

「おい、葛西!」

ステージに置かれた椅子に、一人卓也が座っている。