「・・・・・勝負アリだ。イヌ吉。」


 イヌ吉。


 金時のあだ名。しかし、彼に恐れをなす国民は、決してその名を口にしない。
当然、タケル以外。


「その名をいつまで引きずっている?もう5年も前の話ではないか?」


 苦虫を潰しならも、『参った』の一言は言わない。


 良い性格をしている。


 そりゃ、いつまでも引きずってやるさ。


 お前が死ぬまでな。


「良いではないか?イヌ吉。可愛らしいあだ名ではないか?」


「良くない。まったく、過去の恥をいつまでもいじくる、卑しいやつめ。いい加減、クマとイヌの区別ぐらいつくようになったわ。」


 そうなのだ。


 この山は金時の生まれ故郷である。


 幼少の頃、金時はイヌだと思って一匹の茶色い獣を飼っていたのだが、実はそれはイヌではなく、クマだった。


 あまりの馬鹿みたいな勘違いに、タケルはその頃から、金時を見るたびに『イヌ吉』と呼ぶようになったのだ。