私はね、ただこの温度を伝えたかっただけ。


笑わないで、気付いて、お願い…。

「私は魔王を愛しています」
そう言えれば楽だった。

だけど、
それは取り返しのつかないくらい多くの人を傷つけてしまうから。

その言葉を言うには、
たくさんの人を犠牲にし過ぎてしまったから。











「綺麗ですねー、桜」


あの真っ白な花びらが雪のように降り積もる桜の木の下で。

彼の腕の中で、じっと目を閉じていた私はゆっくりと目をあけた。



私は微笑み、彼の腕から逃れるように一歩さがる。

触れてしまって離れる瞬間が別れだと知っていても。





「ようやく決めたのかい、“救世主”さま」


おどけた口調の彼は、
優しく、穏やかに微笑んでいた。


そう、彼は私の一番のよき理解者。私の愛する人。そして私は彼を失ってしまう。

それすらも彼は解っている。



「剣を構えてください、“魔王”」


私の言葉をいつもは聞いてくれないくせに、こんな時に限って彼は素直に腰から提げていた魔剣をぬく。

そして私も聖剣を引き抜いた。



他の誰でもない、私が知ってる。

私みたいな利己的な人間に救世主なんて務まらないし、彼みたいなのが魔王だなんて無理だ。

それでも私達は、このまま戦うしかない。

有り得ない程の犠牲を出してきたのだから。




「いざ、尋常に勝負」


覚悟は決めたの。
本当は、あなたに初めて桜の下で見つかった時から。












「うあぁああアアアッ」


どちらとも言えないけものような咆哮を上げて、私たちは重たい剣を引きずるように駆け出した。

祈るように、剣を高く振りかざして、それから…きっと次に目が覚めた時にはハッピーエンド。