あたしが眠りにつく前に

 ゾクリ。塚本の背筋に何かが走り、そして気づいた。

あの瞳を知っている。人は違えども、似ていて非ならざる物だと言う事を。

「だから、あたしは…」

 言いかける珠結と無意識に固唾を呑む塚本の元に、廊下から足音が近づいてきた。

「悪い、遅くなっ…、塚本? お前が何でここにいるんだ?」

 開かれた扉の向こうに立った帆高は、いささか息を乱していた。

「あーっと、その…」

「塚本君ね、忘れ物取りに来たんだって。それで、帆高が来るまで話し相手になってもらってたの」

 多少、バトルのようなものをおっぱじめていました。しかもあなた関連のことで。
などと言える訳が無く、塚本氏はバカ正直で機転が利かないときた。

よって珠結が問題の無いように説明する。事実をかいつまみ、嘘は言っていない。

「…そうか。ところでお前、部活行かなくていいのか。1年だから準備とか、色々とやばくないか」

「あ、ああ! だよな。そんじゃ俺、行くわ。じゃな!」

 塚本は鞄を引っつかむと、教室を慌しく飛び出した。彼が出て行った扉の近くの床には、見覚えのあるライトグリーンの布。

「…塚本君。せっかく取りに来たタオル、また落としてる」

「…何しに来たんだかな。珠結、俺達も…って。机、水浸しじゃないか。窓開けてたのかよ?」

 帆高はタオルを拾って棚に置くと、珠結の机に目を落とす。見れば窓の隙間から依然として降り込んでいた。塚本が勢いよく閉めすぎた反動で、開いてしまっていたようだ。

 今度こそ完全に窓を閉め、珠結が鞄からタオルを取り出すよりも早く、 

「ったく、こんなに濡らして…」

あまりにも自然に、頭に乗せられた手が雫を払った。

「……や、やめてっ‼」

 反射的に、帆高の手を振り払っていた。強く弾かれた手を気にするのでもなく、帆高は声も発せず目を見開いていた。

「そ、そうだ。あたし、さっき急用思い出したんだ。だから、先に帰るね。…あ」

 いつの間にか塚本が扉の前に立っていた。見てはいけない物を見たかのように、眼を泳がせる。

 そんな彼の横を通り抜けて珠結は駆け出す。廊下は走ってはいけない、が、規則などは破るためにある。

 帆高は呼びかけも、追い駆けもしなかった。