あたしが眠りにつく前に

 わなわなと震える肩に手をかけることも、気の利いた言葉をかけることもできない。そんな資格はないのだから。中途半端に伸びた手が虚空を掴む。

「一之瀬はもう、サッカーに思い入れは無い。これ以上言ったって無駄なのは分かってる。でも諦めきれるかよ、俺の努力は何だったんだ! …どういうつもりで、あいつは」

 詳しい事情は分からないし、彼も話すつもりは無いだろう。しかしこれだけは分かる。彼はサッカーが大好きで帆高とプレーをすることに人生をかけていた。そんな大事な夢を希望を、あたしが潰したのだ。

「あたしは…頼んでない。知ったときはすごく驚いたし、反対もした。でも帆高は意思を曲げようとしなくて…」

「だからって、あんたのせいに変わりはないだろ!!」

「…分かってる。それでも、その時のあたしにはどうすることもできなかった。そして今何を言っても、帆高は聞き入れない。謝って済むことじゃないけど、本当にごめんなさい」

 珠結は深々と頭を下げる。帆高が自分のせいで部活をやめたと聞いた時、罪悪感で胸が苦しくなった。しかし現にここには、より遙かに苦しい思いをしている人がいる。

頭上からの「謝られたって」の声にも、珠結は頭を下げ続けるしかできなかった。

 開いていた窓から風が吹き込み、珠結の髪を乱暴に撫で上げる。少量の雨水は顔に直に当り、熱くなっていた頬を冷ます。見かねた塚本が窓を荒っぽく閉めた。

「…あの二人が本当は両想いだったら?」

「え…?」

「今、野次馬共が騒いで面白がってる」

 彼の言う‘あの二人’が帆高と香坂絵里菜を指しているのに、数秒遅れで気づいた。どうして彼は突然にこの話題を持ち出したのか。

「でも…帆高は断ったでしょ?」

「それも、永峰さんのせいだったら?」

 あたしの、せい? まただというの?

「どういう、こと?」

「一之瀬って恋バナなんてするヤツじゃないから、絶対そうだとは言えない。だけど根拠はある。あいつは顔が広くても、大抵の人間には深く関わろうとしないドライな所がある。特に女子にはね。永峰さんは自分だけが特別だって思ってるだろうけどさ、そんなの勘違いだ。香坂だって特別な一人だったんだよ」