「珠結、いつかは…」

「ぞ・なむ・や・か・こそ! よし、ここは③か!」

 独り言にしてはかなり大きい、勝ち誇った声に遮られた。そのタイミングは図ったか、と思えるほど絶妙。

 ぶはっ、と帆高は口を押さえてこらえる。当人は真面目に無意識ゆえの行動だから、より笑いに拍車がかかる。いつか教えた係り結び、しっかり頭に入っているようだ。

 その先が言えなくて、良かったかもしれない。実際に口にしてしまったら、本当にそうなってしまうのではないか。その可能性を肯定することになるのではないか。

 臆病。いずれはそうなるに違いないのに、自分が認めたくないだけだ。珠結に話して「当たり前じゃん」と笑い飛ばされるのが怖い。

 こんな思いは誰にも知られてはならない。彼女だけには、絶対に。

 腕時計を確認すれば、そろそろタイムリミット。「あと5分」と言ったところで珠結には聞こえないから、帆高は立ち上がる。肩でも叩けばいいだろう。

 ストップウォッチのスタートボタンを押せば、何事も無かったかのように淡々と残りの時間を削っていく。機械の無感情さが時々羨ましくなる。執着や未練とは無縁なのだから。

 この空間だけでなく全世界の時間を司る機器が存在したならば。そしてそれを手にすることができたなら。俺は何を望み、何を実行するだろう。

 柔らかい髪のかかった細い肩に手を伸ばしながら、帆高はぼんやりとそう思っていた。



 変化を見据える少女と目をそらす少年。

良くも悪くも、変化の刻(とき)はすぐそこまで迫っていた。

 それを知る由も無く、また受け入れる心の準備もできるはずがなく。

二人の生きる小さな世界は、大きく動き出す。