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 ピッ

 やっぱりジャストで止めるのは難しいもんだな。
教卓に肘をついて手元を見ながら、帆高はそう思った。

10:01:26ストップウォッチを机上に置き、腕時計に目をやる。

 当初は最終下校時刻の10分前に終了させるつもりで、タイマーもそれに合わせてセットしていた。
しかし予定を変更し、一旦停止をして5分間繰り越し、タイマーが鳴るのは最終下校時刻の5分前にずらすことにした。

珠結がそのズレに気付くことはないだろう。合計4枚のプリントを終えて疲弊しきり、時間を気にする余裕など無いに違いないからだ。

 珠結は真剣そのものでプリントを凝視し、シャープペンシルを走らせている。本当は自分が思っているより5分ゆとりがあるのだが。

 あえて教えない俺は、なんと性格が悪いことか。口が悪いことも重々自覚している。それでも「治せ」と言われた所で、不可能な問題だと断言できる。過去に検証済みだから確実である。

 それでも珠結は不機嫌になれども、すぐに許して側に居続けてくれる。拒絶したり愛想を尽かして離れていったりしたこともない。それは絶対に彼女だからこそ。

隣に珠結がいることが当然だと思うようになったのは、いつからか。きっと随分昔すぎて、検討がつかない。珠結以外はいらないと気付いたのも同様に。

「珠結」

 シャープペンシルの走る音は停止するも、本人は顔を上げない。数秒の沈黙とシャープペンシルの先で用紙を数回突いた後、音は忙しく再開した。ただのシンキング・タイムだったようだ。

 珠結は完全に集中すると、誰に呼ばれていても気付かない。だから今の呟きが届かないのは分かっていた。

じっと見つめても、珠結が気付く様子は無い。当人には少々不本意な‘魔眼’ですら、跳ね返している。

 試しに「気付け」と強く念じてみたらどうなるか。はっ、ばかばかしい。
第一、自分では‘魔眼’だなんて大層な物の存在を認めていない。やや目つきが鋭いだけだろうが。

 珠結の完全集中を妨げることができる唯一は睡魔。もっとも憎むべき、忌々しい宿敵。実体があれば即座に息の根を止めてやるものを。

 そんなものにくだらない対抗心を持つなど、どうかしている。それとも、これは。