この日は、何もかもが異質で残酷だった。

 痛い、痛い。心臓がバクバクと早鐘を打って呼吸もぎこちない。呼吸なんて意識してするものではないだろうに。吸え、吐けと一々命じなければ窒息してしまう。バスに揺られながら、帆高は身震いする体を押さえつけるように、己の手首を握っていた。

○○病院前のアナウンスと同時に早足で降り口へ進む。場所なだけに只事では無さそうな雰囲気を察してか、運転手の「ありがとうございました」が、やや引きつった。降り立った目の前に、入り口すぐの壁にもたれて腕を組んだ幸世が立っていた。

「お疲れ。まさか昨日の今日で来るとは思わなかったわ。今週中にはって、留守電で聞かなかった? ま、早いうちにとは言ったけど。ホント、あんたって珠結が絡むと―――」

「どういう、ことですか。珠結に、何が…!」

「ここじゃ何だから、説明は移動してからよ。あの子のいる、病室でね」

 幸世はダルそうに無気力な声で顎でしゃくる。通常通りの彼女の態度は、異様なまでに不自然に思われる。幸世はすぐに顔を逸らしたが、帆高には見てとれた。目がかすかに赤く染まり、目元はファンデーションではごまかしきれていないクマが浮かび上がっていた。

彼女の言うとおり、着くまで理由は教えてもらえないだろう。後ろを着いて歩きながら、両者は無言のままエレベーターに乗り込んだ。

 幸世が押したのは、帆高が押したことの無い数字のボタンだった。帆高は一気に心臓を握りつぶされる心地がして胸を押さえたが、館内案内を見て一般病棟であると確認すると架空の手の力は緩められた。

「よく、来られたわね。来年卒業なんだし、何かと忙しくて大変な時期でしょ。大丈夫だったの」

「それを言いますか。正直、てんやわんやな状況ですし一分一秒が惜しいです。ですが珠結が関係することなら、話は別です。重要だった用事や物も、全部ひっくり返ってどうでも良くなるんです」

「随分な言い様じゃない。その言い方じゃ、何か重要なことを向こうに置いてきたようね」

「たいしたことじゃないです。珠結と比べたら、ちっとも。4年ぶりの電話で、しかも意味深なメッセージ。気が気じゃなくなって、何があっても駆け込んで来ることぐらい、幸世さんなら分かるでしょう。それを承知の上で、今回連絡せざるを得なかったんですよね」

 冷静を装うも先程から震えが止まらず、発する声にも表れてしまう。こんなみっともない有様を露呈したくなど無いのに、感情は脳へダイレクトに伝わって言うことを聞いてくれない。

幸世は前を向いてエレベーターボタンを見つめていたが、帆高の言葉にクッと笑った。

「そうね。でも安心しなさい、もう電話にビクビクする必要は無いわ。あんたに電話するのも呼びつけるのも、これで最後だから」

 ‘最後’? 嫌な汗がこめかみを伝う。外気の暑さの名残のせいではない。彼女は何を言っているんだ? どういう、問いかけようとしたところでエレベーターが停止した。

開いた扉の先は相も変わらず、白い空間が口を広げて待ち構えていた。