珠結が着ているのは、白のフリルワンピースに桜色の長袖のロングカーデガンを羽織っているような、重ね着風の一着。前結びのリボンとカーディガン部分の裾にはレースが施されている。

高校入学直後、マネキンが着ているのを足を止めて見入った。値段は安いとは言えず、自分にはもったいないのではないかと恐縮した。

店を出ても頭を離れず、迷いに迷って購入した。清水の舞台から飛び降りる覚悟で手に入れたそれは、珠結の最高額の買い物だった。とはいえ、樋口女史に登場頂くまでの金額ではなかったのだが。

 服と同じ色の桜が咲く季節に、特別な機会に着ようと思っていた。しかし実行する機会を出くわせないまま、今日まで箪笥の奥に眠りこけていた。

 足にはシューズバンドの付いたワイン色のパンプス。控えめに花の刺繍がされている。履き心地とヒールの高さがぴったりで、長く愛用している。この先、これ以上は踵が磨り減ることが無いのが寂しくもある。

 これも、母のおかげだ。珠結が外出できる程に調子が良いと連絡を受けると、荷物になっただろうに自宅から持ってきてくれた。

そんな感謝すべき母は、担当医と話をしに行った。「おめかしは帰ってきたら見せてもらうからね」そう嬉しそうに言った。

「ないですね。あの男に限って。髪型変えたのは気づくでしょうけど、『ふうん』で終わりですよ」

「冷めてるわね。それは私の力不足ってことかしら?」

「ち、違います! そうじゃなくて、その。帆高は無頓着って言うか、興味が無いんですよ。前、友達の美容師志望のお姉さんの練習台でヘアーメイクした後に会った時だって。『へぇ』ってまともに顔も見ないで、さっさと行っちゃったんですから。期待も何もしようがないでしょう」

 ふうん? 鬼頭はニヤニヤと持っていたブラシを玩ぶ。

「とか言っちゃって。おめかしには乗り気だったじゃない? 私が髪をセットするって言ったら、悪いって言いながらも目はキラキラしてたでしょ」

「…それは。病院の敷地外に行くんだから、綺麗な格好しとかないと、恥ずかしいっていうか…。お出かけと着たかった服を着られて、テンションが上がってたんですよ。帆高の感想なんて、気にしてません!」

「ムキになる所が怪しいわねー。諦めつつも、今日こそは! って意気込んでて、でもやっぱり無理だろうなって拗ねてるみたいで」

「あーあー! 何にも聞こえません。何も見えません」

 耳を塞いで、ついでに目も閉じる。彼女のキラリと光る目など、怖くて見られない。

「いっそ『似合う?』って、けしかけちゃえばいいのに」

「帆高、困るに決まってます。だって、あたし、こんなですから」

 珠結は、そっとワンピースの裾を持ち上げる。除く脛に余分な肉は無く、骨と皮までは行かないが人間としては細すぎる。他にも顎は尖り、鎖骨はくっきりと浮き上がっている。

「あたし自身を褒めてもらおうなんて、さすがに思いません。まあ、服や靴のセンスは分かると思います。でも、あたしが身に着けてちゃ、その良さが陰っちゃいますけど。…着なきゃ、良かったかなあ」