大きく幅のある長短の眠りと目覚めを繰り返しつつも、珠結は日常を過ごしていた。

前回は1ヶ月だとかその前は4時間だとか、そのまた前は…といったデータを気にすることはない。規則性の無い眠りは、分析してみた所で何の意味も答えも見出せない。

空白がどれだけ空いていようと、珠結にとっての明日は来ている。運と睡魔の気まぐれ次第、それ以外に言いようがない。来る明日が存在することは、素敵なこと。

 珠結をのけ者にして、時間も季節も流れていく。いつしか年度は替わり、3月の終わりを迎えていた。

「やっぱり若いっていいわよね。お肌スベスベで綺麗だからファンデーションも必要なくて、スッピンでも十分通用して。私だってに……十年前はそうだったのに」

「徹夜と油物の食べ物は無縁ですし、外に出てないから肌が傷んでないのは当然ですよ。それより鬼頭さん、十年の前に二を言ってませんでした?」

「空耳よ? 耳、ちゃんと掃除した?」

「そうですね、気のせいでした」

 珠結の髪をいじっている鬼頭看護師の顔は珠結には見えていないが、人並みに空気は読めるため危機を回避する。ギュッと強めに髪を引っ張られたのは、気のせいだ。

「彼、いつ頃来るの?」

「えっと、あと10分ぐらいですかね。ごめんなさい、こんなことまでしてもらっちゃって」

「ちょっとぐらい、平気よ。珠結ちゃんの髪、一度いじってみたかったのよね。せっかくのデートなんだから、気合を入れないのは相手に失礼よ? めいっぱい、おしゃれしなくちゃ」

「いや、デートじゃないですって。相手は男とはいえ友人ですし、近くの公園を散歩するだけです」

「それも世間から見たら立派なデートよ。よし、完璧! 我ながら最高の出来だわ~」

 珠結は渡された手鏡を覗き込む。コレハダレ。もちろん、良い意味で。

「わ! 可愛いですね、この髪型!!」

 左耳上のサイドポニーに下の髪を巻きつけたヘアースタイル。セットに用いたピンとワックスは鬼頭の私物、髪を留めたローズピンクのパールビーズが付いたクチバシクリップは、珠結の16歳の誕生日に里紗がくれたものだ。

髪型にこだわりの無い珠結は、おろしているかサイドに無造作に束ねるかだった。「せっかく綺麗な髪してるのに!」くせっ毛の里紗はぷうぷうと文句を言っていた。

「珠結ちゃん自体が可愛いから、髪形が引き立つのよ。アイロンあったらエアリー感も出せて、甘さ倍増できたんだけどね。それに睫毛長くて唇の形も良いから、少しいじるだけでもっと可愛くなるのに。時間が無いのが無念だわ」

 顔のパーツを褒められ、可愛いと連発されて、布団を引っかぶりたくなる。そっと髪に触れた指先からは、花のような甘い香りがした。

「見惚れること、間違いなし。反応、楽しみね」

 珠結の頭から爪先を見通して、鬼頭は聖母のように微笑んだ。