帆高は文中の重要な部分を丸で囲み、補助線の引き方と用いる公式を告げて彼自身の力で答えを導き出させる。他にも1問だけ間違っていた問題も合わせて解説する。

ふんふんと真剣に耳を傾けていた彼は一段落着くと、ぬるまったココアをグイッと飲み干した。

「挫折しました」

「晴れやかに言うな。今日はここまでにしとけ、朝から机にかじりついてたんだろ? 早く寝て明日に備えろ。壊れてあいつらみたいに、はっちゃけたお前を見たくはない」

「随分な言いようですね。人の兄弟に」

 シャープペンシルに芯を補充しながら、彼は苦笑する。

「1番好きな数学なのに挫折したんなら、よっぽど重症だな」

「それだけじゃないですけどね。先生、最後の問題はあそこの過去問ですよ」

 確かに問題の末尾には、彼の第一志望の高校名が括弧で括られていた。

「一目見ただけで分かっちゃうなんて。せっかく別冊の解答を取り外しておいたのに、残念」

「黒いことを考えてたみたいだが、俺は高校生だ。分からなくて、どうする」

「高校生でも、ほとんどの人はできませんよ。応用どころか反則レベルでしょう、これ。先生も思ってるんじゃないですか。僕が挫折したのは、具体的には数学にというより先生にです」

 教える立場として、しかも志望先が名門校なのだから、傾向と出題方針はチェックしている。でなければ、危なかったとは思う。 

 突拍子も無いことを言い出す、2つしか年の変わらない教え子の考えが読めない。あいつらは分かるが、こいつは本当に血が繋がっているのだろうか。

「先生、言ってましたよね。勉強は好きでもなければ面白いとも思っていないと。勉強を好意的に思っていないのに、嫉妬するほど実力があって。それなのに俺の目指す高校より下の高校に行ってるなんて。不条理です」

「それは本人の自由だろう。俺は自分の意志で今の高校を選んだ。不満にも思ってないし、後悔もしていない。お前が勉強するのは、より上の高校を目指すため。俺とは理由が違っただけだ。勘違いしてるだろうけど、俺は生まれつき頭が良かったわけじゃない。小学生の頃は平均より少し上レベルだったし、死に物狂いで今だって当時程じゃないが、癖で続けてるだけ」

「信じがたいですが…。じゃあ先生は、何のために勉強したんですか。前に聞きたかったのは、このことです」

 向こうから言い出して来なかったため、帆高は忘れかけていたことだった。家族にも珠結にも聞かれたことなどなく、勉強について深く話すのも初めてだ。

 口の中に残るコーヒーの苦さが心地よい。潤った喉の奥から、答えである意義を押し上げる。

「居場所を掴んで、維持するため」