「あの馬鹿…!」

 帆高は携帯電話片手に頭を抱え、焦りの色を含んだ声で呟いた。何たる晴天の霹靂、暴風どころか大嵐が吹き荒れている感覚。十数分前までは、漣が経っているぐらいの穏やかな空間の中で過ごしていたのに。

 今日は朝から厚い雲に覆われ、吹く風は強さも冷たさも際立っていた。暖房を効かせた室内にこもるのは暖気だけでなく、書き物の音と紙をめくる音。

「不公平ですよね、世の中って。小型でもいいんですけど、爆弾作るのに予算はいくらぐらいかかりますかね?」

「…受験勉強が辛いのは分かる。試験が2ヶ月後に迫ってて、神経質になってるのも仕方ない。だが、お前まで気が違ったら俺の手には負えないぞ。あの二人で手一杯だ」

「ちょっと言ってみたかっただけですよ。半分冗談です」

 それなら、残りの半分は何なんだ。黙々と問題集とにらめっこしていたと思えば、いきなりそんな物騒なことを。真面目な彼が言い出すからこそ、その言葉の真実性が倍増するから心臓に悪い。

彼はしれっとノート脇のマグカップに口をつける。部屋にはココアの甘い香りが充満している。帆高も読んでいた文庫本を置き、ブラックコーヒーを飲み下す。

 口にはしないが、時期的に追い込まれているせいもあるだろう。彼の第一志望校は県で1、2を争うほどの進学校だ。彼は通う中学校ではそこの指定校推薦枠は無く、まずは公募推薦を受検することになっている。

推薦でも筆記試験が課せられるために猛勉強は必須であり、その合格率も過去を参照すれば約4分の1だった。

帆高が彼を見る前から、成績は良かったし部活での実績もあるが安心はできない。むしろ最初から一般入試を受ける心持でいた方が無難だ。

 言ってしまうと、当初の彼は帆高と同じ高校を目指す予定だった。しかし鰻登りに上がった成績を見た帆高が「あの高校も狙えるかもな」と漏らしたことで、彼の中のやる気
スイッチがONされてしまったらしい。

志望校の変更は彼自身の意志に違いないが、自分の一言が彼の進路を大きく変えるきっかけになったのだから責任は感じている。彼のこのレベルなら帆高が通う高校は余裕で合格できるのに、さらなる苦難の橋を渡っている。

 彼の強い意志や、おまけに良くしてもらっている彼の母親の期待もあることで、合格に導いて報いなければという義務感が帆高の背中にものしかかっている。しかし投げ出すようでは、曲がりなりにも教師としてあらざるべきだ。

「そろそろ休め。無理しても頭に入るものも入らないぞ」

「もう、こんなに経ってましたか。どうりで頭がぼんやりして、目がしばしばすると思いました」

 一旦お願いします。差し出された問題集は黒く埋め尽くされ、赤で添削していく。丸が続く中、ページの最後の問題だけが空欄だった。

「それ、分かりませんでした。気になるので、今教えてもらえませんか」