あたしが眠りにつく前に

 彼は驚くほどに忠実でまっすぐだ。強大な壁が立ちふさがっていても、怯まずに突き進んで乗り越える。宣言通り、帆高だって話中の若き母親のように誓いを守り抜くことは想像に難くない。そうまでしても願うのは恐らく自分のためと称した、誰かを想うが故。優しすぎる盲目な愚者。

 もちろんこれは、想像に過ぎない。でも大いに有り得ることだと、珠結は推測する。そして、思う。推測が正しいとすれば、これほどまでに想われるその誰かは、何てこの上も無く幸福者なのだろう。たとえ、その願いが届かなかったとしても。

「大丈夫だよ、帆高の想いはきっと神様に届くよ。帆高のことだから、何だかんだ言ってもハードルの高いこと誓って、たくさん努力してきたんでしょ。だから…神様が聞き入れてくれないことなんてないよ。諦めないでいれば、さ。ね? いっそあたしも、応援する! …微力だけど、無いよりはマシ? なんてね」

 大げさに笑い飛ばして見せると、帆高はポカンとした後に噴出した。訳の分からない珠結の頭に手を乗せると、帆高は水面のように穏やかに微笑った。久々の感触に、顔が熱くなる。

「なら、珠結だって諦めるなよ。どうせ治らないって、自分の殻に閉じこもるな。過ごしている今が好きなんだって笑えるように生きていく。それで十分、誓いになるんじゃないかって俺は思う」

「…それだけ? 簡単すぎやしないかな」

「そういうけどな、信じ続けるのは意外と難しいし苦しいんだよ。色々と怨みたくなるし、責めたくなる。一度思ったら止まらなくなって抑えられなくもなる。でも珠結は心配ないかもな、強いから」

 実際に経験したかのように、帆高の言葉にはズシリとした重みがあった。頑なに強固してきた意志も揺らぐことは幾たびもあったのだろう。その過程を経て、今尚も誓い続ける彼は自分が思うよりも遙かに強い。

「あたしは強くなんかないよ」

 むしろ弱い。失うのも変わるのも怖くて、避けるも逃げるも繰り返してきた。そんな自分が強いだなんて不釣合いだ。

「鈍感だな、珠結は」

「な! またそれ? ねえ、里紗もよく言うけどさ、あたしってどの辺が鈍感なのかな? この際はっきり教えてよ」

 詰め寄るも、帆高は「かわいそうな子」を見るかのような微妙な顔で見下ろしてくる。憐れむより頭をポンポンとまでされ、若干カチンとくる。

「…今、分からず屋って思ってない? もしかして、帆高の言うあたしの‘強さ’ってそれに関係してるの?」

 頭を軽くかき乱され、帆高は石段を下り始めた。結局今回も教えてもらえなかった。残念に思いつつも、珠結の口元は緩んでいた。ここに来て、良かった。救われた気がして、心が軽い。大丈夫だって、これからも笑っていける。そう思えることに感謝してならなくなる。

ああ、どうして。君はあたしを喜ばせてくれることに、容易に応えてくれるのだろう。