合点のいかない顔をしながらも、帆高は珠結の拘束を解く。珠結は解放されるなり、その場で正座して俯いた。

「どうしたんだよ。やっぱりどっか、調子悪いんじゃないのか」

「そういうんじゃない、ごめん。今のあたし、かなりおかしい。ちょっと一人にして」

 襖の開く音がして帆高の気配が消えると、珠結は両頬を手で押さえた。何なのだ、さっきの自分の反応は。恋する乙女のように心臓を高鳴らせて。相手は帆高なのに何を考えているのだ、永峰珠結。

帆高が触れた部分に手を当てると、帆高の熱が残っているように思えて体中が沸点を迎える。帆高が肩に顔をうずめてきた時は、どうも思わなかったのに。いや、あの時はそれどころじゃなくて、いっそ友情なるものをひしひしと感じていたのであって。

ああ、厄介な。ただでさえ落ちかけたヒヤヒヤ感で心臓の早鳴りが止まっていないのに。…待てよ。

「少しは落ち着いたか?」

 帆高の両手には2つのマグカップがあった。差し出された白いマグカップを受け取り、珠結は息を吹きかけて口をつける。温められた、イチゴオレ。帆高も気が利いている。帆高の手にする黒いマグカップからは、コーヒーの匂いがする。マグカップの色といい、味といい正反対だ。

カフェインは過眠症患者は控えるべき成分とされ、当初はそう思われていた珠結には縁遠い存在だった。元から苦味嫌いだったので、むしろ関係ない話だった。しかし過眠症ではないかもしれないと診断されてからは、摂取するようになった。

防眠効果は多少なりともあったし、増長する睡眠はカフェインのせいとは考えられなかった。今となっては、コーヒーを口にすることは一生ないだろう。

「で、さっきは一人で何パニクってたわけ」

「それはね、うん。吊り橋効果って実在するんだよ、帆高。身を持って知ったわけなのさ」

「は?」

 豆鉄砲をくらったような帆高を尻目に、珠結はご満悦でイチゴオレを堪能する。

「どうにも意味不明だけど、聞かないほうがいい気がするのは気のせいか?」

「どうとでも? …ふう、幸せ。相変わらず帆高の家って落ち着くなあ。ごめんね、休日なのに押しかけて。そのうえ泊めてもらうことになっちゃって。お母さんも申し訳ないって」

「そんなこと。そっちのが大変だったろ。休み取ったのに当日の早朝に電話来て、呼び出し出勤なんて。…すごかっただろうな」

「『娘とのひと時を邪魔しやがって、あのハゲ』だって。こめかみに青筋走ってたし、宥めて送り出すの大変だった。帆高んちが受け入れてくれて、助かったよ。あたし一人じゃ不安だから」

「会社に頼られてるって証拠だな。姉貴の部屋が空いてるし、母さんはいつでも大歓迎って言ってるから気にするなよ。むしろ喜んで、ご馳走作るって張り切ってるぐらいだから。だからって、無理して食べなくていいからな」

 少し前に帆高の母親はスーパーに走っていった。彼女には前々から娘同様に可愛がってもらっていた。

「ううん。おばさんの手料理おいしいから、ドンドン入っちゃうよ。楽しみ」