あの場所よりも、近いはずなのに。ガラス越しの空と日差しが無性に遠い。掴もうとしても、虚しく空を切るだけ。それでも手を伸ばさずにはいられなくて。届かない思いを抱えて、彼女は今日も繰り返す。

「いい天気ですね」

「そだね」

「やっぱり夏はこうじゃないとですね」

 相手の返事はない。次に珠結が何を言い出すか察した上で、わざと返さない意図のよう。

「でね、里紗さんや。外、出たいんですが」

「うん、却下」

 里紗は小悪魔スマイルをもって、珠結のささやかな希望を一刀両断する。珠結はうなだれて足をバタバタさせる。

「う~、お願いっ!」

「ダ~メ! まともに食べてないのに、そんな体だとぶっ倒れるよっ。クーラー効いた室内じゃ分からないけど、外はカンカン照りの灼熱地獄なんだからね?」

 里紗はベッド脇の椅子に座り、手で扇いでみせる。まだ前髪は額に張り付き、もう片方の手で首筋に光る玉の汗をタオルで拭っている。さすが経験者は言うことに重みがある。

 真っ白な天井や壁と床で囲われた、いかにも清潔感溢れるこの空間。ただようツンとした消毒薬のにおいは、すっかり慣れてしまった。純白のベッドの上で上体を起こしている珠結は、渋々と諦める。

 入院生活が始まって結構な日数が経った、らしい。と言うのも、珠結本人にはその感覚が全く無い。眠っていた間の記憶は無いのだから、目覚める直前の記憶が珠結には前日のものであると錯覚する。だが実際は数日も経っているのであって、まさに浦島太郎感覚に等しい。

病院の外に出られたのはほんの数日で、付添いと共に中庭や近場を数十分間ほど散歩するだけ。いつ眠気が襲うか分からないし、珠結の体調を考慮すれば行動範囲は限定されてしまう。2、3日続けて眠るのはもう通常で、里紗を含めて誰もが知っている。

 現に珠結が5日間の眠りから覚めたのは、ほんの2時間前。いつの間にか夏休みに突入していたのは、珠結には関係ないにしても驚いた。そう教えてくれた里紗がこんな時間に道理でいるわけだ、珠結はついさっき感心していた。

「そろそろゼリー、食べる?」

 里紗がお見舞いにと持って来てくれて、小型冷蔵庫に待機している。

「う~ん、まだいいかな。里紗、先に食べなよ」

「珠結と一緒に食べるの! それじゃ意味無いっ」

「じゃあ、もうちょっとしたらね」
 
 珠結は寝起きは一層食欲が無く、病院食も喉を通らない。無理に口に入れても吐き出してしまうため、今は点滴につながれている。時間が経てば普通に食べられるが、まだ少し無理だ。

それを知った上で里紗は喉の通りのいい、且つ日の持つものを差し入れてくれる。持ってきてすぐに食べなくても問題無いように。起きている珠結に会うのでさえ、難しくなっているぐらいなのだから。