「私に?」
お桐はびっくりして聞き返しました。
…呉服屋や小間物屋なら、取引きした事がある。
だが、今勝手口に立っている若者は…そういう、優美な物を商う者には見えません。
穴の開いた編笠かぶり、つぎのあたったボロを着て、泥だらけの脚半と鞋をつけ、背中には大きなつづら…
「…何の御用じゃ。」
いささか剣呑な目つきでお桐が言うと、商人はへこりと頭を下げました。
「こんな身なりをしておりますが、怪しい者ではございません。
お嬢様にきっと要り用のお品を、お持ちしたのでございます。」
そんな、不思議な言い方をするのです。
櫛なら櫛、反物なら反物、と はっきり言えばいいものを。
お桐は、その謎めいた言い回しで、少し興が沸いてきました。
「…私に要り用、とは?」
「近く御輿入れなさるとか。そういう方に是非に使って頂きたい物でございます。」
そう、耳に心地良い、涼しげな声で商人は答えます。
…嫁入り道具の何か、ということでしょうか?
全く話が分かりません。
お桐はますます、その何かを知りたくなってしまいました。
しかし、武家の姫がそう軽々しく好奇心を見せてははしたない。
努めて穏やかな口調で、微笑みすら浮かべず、お桐は商人を手招きました。
「入られませ。…その要り用の物とやらを、見せて下さいませな。」
またひとつ頭を下げると―
商人は敷居をまたぎ、土間に入って来ました。
そしてお桐が座っている板間のすぐ傍に片膝をつき、大きな大きなつづらを下ろし。
そして、お桐を見上げてにこりと笑って言いました。
「このつづらに入りたるは、鬼でございます。」
お桐はびっくりして聞き返しました。
…呉服屋や小間物屋なら、取引きした事がある。
だが、今勝手口に立っている若者は…そういう、優美な物を商う者には見えません。
穴の開いた編笠かぶり、つぎのあたったボロを着て、泥だらけの脚半と鞋をつけ、背中には大きなつづら…
「…何の御用じゃ。」
いささか剣呑な目つきでお桐が言うと、商人はへこりと頭を下げました。
「こんな身なりをしておりますが、怪しい者ではございません。
お嬢様にきっと要り用のお品を、お持ちしたのでございます。」
そんな、不思議な言い方をするのです。
櫛なら櫛、反物なら反物、と はっきり言えばいいものを。
お桐は、その謎めいた言い回しで、少し興が沸いてきました。
「…私に要り用、とは?」
「近く御輿入れなさるとか。そういう方に是非に使って頂きたい物でございます。」
そう、耳に心地良い、涼しげな声で商人は答えます。
…嫁入り道具の何か、ということでしょうか?
全く話が分かりません。
お桐はますます、その何かを知りたくなってしまいました。
しかし、武家の姫がそう軽々しく好奇心を見せてははしたない。
努めて穏やかな口調で、微笑みすら浮かべず、お桐は商人を手招きました。
「入られませ。…その要り用の物とやらを、見せて下さいませな。」
またひとつ頭を下げると―
商人は敷居をまたぎ、土間に入って来ました。
そしてお桐が座っている板間のすぐ傍に片膝をつき、大きな大きなつづらを下ろし。
そして、お桐を見上げてにこりと笑って言いました。
「このつづらに入りたるは、鬼でございます。」



