篠原さんは来た時とは別人のように僕の前をどんどん歩いてゆく。
一歩一歩を踏み締めるようにして。

正門の受け付けで用件が終わった事を告げ、来客用の駐車場でステーションワゴンに乗り込んだ。

車に乗った途端に篠原さんが口を開いた。

「勇次くん、ごめんね。私どうしても我慢出来なくて」

「いいえ。篠原さんにとってあれで良かったんなら僕は何も言えませんから。それにしてもあのハゲ課長!」

「知ってた?課長カツラなんだよ。みんな気付いてるのにばれてないと思ってるのは自分一人、おかしいよね」

そう言った篠原さんの目からは涙がハラハラと流れ落ちていった。

「あれ?ごめんね。悲しくなんかないのに・・」

篠原さんは両手で顔を覆うと、とうとう鳴咽を上げて泣き出した。

(精一杯無理して来たんだろうな。リーダーなんて煽ってしまった僕も反省しなきゃな・・)

僕は静かにステーションワゴンを発進させると会社とは反対方向へ車を走らせた。

篠原さんとこれからの事を話しておきたかったが、ファミレスって雰囲気ではない。

思いついたのは海だ。

海育ちの僕は悲しい事や辛い事があった時は海に行った。
広い海の水平線を見ていると悩んでいる事がちっぽけに見えてくるから不思議だ。

中でも今お勧めの場所がある。

田ノ浦ビーチだ。

田ノ浦ビーチの一番奥にベンチがある。
そこのベンチに腰掛けてボーっと海を見ているのが好きだった。

「篠原さん!海に行きましょう!海!」

篠原さんは僕の言った意味が分からないという風な顔をしたあと、コクンと頷いた。

ここからなら10分もしないうちに田ノ浦だ。

僕は10号線を北へと走り出した。



もう九月も終わろうかと言うのに土曜日の田ノ浦には人が結構いた。

空いた駐車場スペースを見つけ、車を止め海岸へ向かう。
途中の自販機でコーヒーを二本買い、一本を篠原さんに手渡した。

スーツ姿の二人は明らかに浮いていたが、気にとめる人などいるはずもない。
ここを訪れる人の多くは自分の時間を使いに来ているのだから。

僕らは人口島に渡る橋の上を歩きながら突端のベンチを目指した。