-塁 side-
手を止めたのは、凛が叫んだからじゃない。
拳を振り上げた瞬間、壱から出た言葉。
きっと、凛には聞こえない小さな声で、俺を見て言った。
『俺じゃ、幸せにする資格はないから』
壱がああやって言ったのも、全ては凛の幸せの為って事くらい、すぐ分かった。
だけど、殴らずにはいられなかった。
たとえ、凛の幸せの為に言った言葉だとしても、凛を傷つけた事には変わりない。
それが許せなかった。
後ろから、凛の泣いた声が聞こえた。
「塁……もういいよ。もうやめて……」
「…………」
俺は、壱から離れた。
「そういう事だから、俺の事はもう忘れて?凛」
壱は、制服の汚れを落としながら言った。
「壱、ひとつだけ言わせて?」
「何?」
背を向けたままの壱に凛が言った。
「おかえりなさい」
「ああ。ただいま……」
壱は背を向けたままだったけど、本当の表情は俺には分かる。



