東家では主任は、異質扱いだった。

不義の子、愛人の子と言われ、義母には存在自体認めてもらえず、10年離れた異母兄からは冷たく扱われた主任は、本当に御手洗さんに育てられた。


会長は、主任を我が子と認めていてはくれたけど、愛情まではくれなかった。
主任の淋しさを、見て見ぬフリだったんだ。

50代に見えた会長は本当は60代で、主任は会長が40代の時の子供。


母親の事は忘れろ…それが、父親である会長から初めて聞いた言葉だった主任。

どんな思いだったろう。


「笙と会ったのは私立学院付属の幼稚園です。わざといけない事をして先生に怒られる子供でした。多分、大人の気を引きたかったのでしょうね」

その兆候は今もあるからわかる。
淋しさの裏返しなんだね。

家紋さんの話は、今の主任からは想像できないくらいつらいもので、そんなにつらい過去があるのに、笑っていられる主任を改めてすごいと思った。


主任は、いつも馬鹿やって無茶苦茶で人間離れしていて…強引で脳天気で訳わかんなくて…振り回した揚句に周りを巻き込んで、騒ぎを拡大する。


私はいつもハラハラしてた。

何かやらかさないようにって。