しばらくしても吉田さんが席にもどらないので、私はタバコ部屋を見に行ってみることにした。すると廊下の奥からものすごい怒り声が聞こえたてきた。非常階段のドアが半分開いていたので向こう側をのぞくと、吉田さんが誰かと電話をしていた。私に気づく様子もなく、電話の相手と言いあっていた。“別れ”という単語が聞こえたので、電話の相手は彼女だろう。私は見つからないうちにその場を去った。きっとこないだの事件以来、彼女ともめているんだろう・・・こういうときはたいてい、うるさく話をしたがる女より静かにことのなりゆきを見守る女の方が選ばれる傾向にある。それをわかっててということではなかったけど、私はただ黙って時がたつのを待つしかできなかった。もし吉田さんが彼女と別れて私のほうに来てしまったら、それはうれしいことなの?その答えがわからなかったからだ。

吉田さんは怒ったままの顔で席に戻ってきた。周囲の人も彼の機嫌の悪さに気づきはじめた。彼は外線のことを私に言い訳することもなく、その日は会社で会話をすることはなかった。ところが会社からの帰り道、私が駅から自宅まで歩いている時に彼は以前のように電話をかけてくれた。

「もしもし?おつかれさん。」

「お疲れさまです。」

「今日ごめんな。」

「何がですか?」

「外線、やっぱり元カノやったわ。」

「元カノって・・・別れたの?」

「ああ、そうや。でもあっちが納得いかんゆうて、あーやって会社にまで電話かけてきてんねん。」

「やっぱり行動が若いですね・・・若いというか社会人マナーが・・・ごめんなさい、悪口言うつもりはないけど。」

「えぇよ、気つかわんで。」

「私、非常階段で吉田さんが怒鳴って電話してるとこ見ちゃいました。」

「え!マジで!?」

「お相手、彼女ですよね?」

「もしかして会話全部聞かれた?」

「そんな失礼なことしませんよ。戸が開いていて廊下まで聞こえたので、戸を閉めるついでにちょっと覗いただけです。」

「いや、聞かれてもえぇんけどな・・・」
彼は何か言いかけて言葉をつまらせた感じだった。