革靴の音が、聞こえなくなった。止まったのだろう。

だから美幸も止まる。距離はさっきより、二、三歩分離れた。

「椿の伝言は聞いたか」

「……椿って、だれですか」

「ちっちぇガキ。……つーか、俺の娘なんだけどな」

「楓さんとの、ですか」

「ああ、まあ」

「なら、……聞きました」

あまり大きな声ではないし、正面からでもないのに会話が成立している。それはここがもう北区の住宅街で、ひと気も薄く、月明かりや星のまばたきさえ音を放っていそうなほど静かだからである。

「そうか」

と和幸が言う。たぶん、頭を掻いていることだろう。

「あれなあ、間違いだ」

「……どういう意味ですか」

そもそも、なにが「いけない」のかもわからないのに。

「ああ、つまりな。あの伝言はお前にじゃなくて、お前の兄ちゃんに伝えるもんだったんだよ」

「お兄ちゃんに?」

「ああ。お前の兄ちゃん、いけないことしてるからな」

兄の仕事がなんなのかは、知らない。もしかするとそれが、法に触れるものなのだろうか。