立ちくらみがひどい。美幸は立ち上がるのをよして、今の今まで座っていた椅子へ、もう一度腰を落とした。

「お兄ちゃん、奈美ちゃんは?」

「ああ。……帰ったよ」

「そっか。もう体調、だいじょぶそうだった?」

「ああ」

美幸の声が反射するように間を置かずして答える兄が、近づいてくる。すぐ真正面に立って腰を折り、しゃがんだ。目の高さが並ぶ。

「美幸、具合が悪いのか……?」

「ん……。なんか疲れたかも……」

運動したわけでもないのに、ひたいに汗が滲んでいた。それは、顎を伝って、したたるほどに。

兄は、心配した表情をしてはいるが……なぜか、見なかったように振る舞った。たぶん自分が、兄に気遣ってもらうのを少し、遠慮したいような顔をしているんだろう。

「……すぐ、できるからな」

「? なにが?」

「ああ……――晩飯に、決まってるだろ」

「あ、うん……」

「今日はすき焼き、よそう。消化にいいものにしような」

「うん、ありがと」

兄は優しい。気を遣わないように、気を遣ってくれる。奈美の男を見る目は、けっこう上等かもしれない。たしかに、男らしさを問われれば、兄は線が細すぎる。それでも、優しくて気の利く、自慢の兄に代わりはないのだ。