「そなたももう16。そろそろ縁談の一つも来てもおかしくないのに、何故来ぬのだろうな。」

父はそう冗談のように本心を零す。

「―すみませぬ、父上。」


「なに、そなたが謝ることではなかろう。」

謝る千与に父は笑ってみせた。千与の心は複雑で、早く嫁ぐべきだと理解しているのに、この尾張を出たくない、由親の隣にいたい、そう願ってしまう。

自分でも笑ってしまう往生際の悪さ。でも、千与には一生に一度っきりの恋だった。
生涯唯一、惚れたのは由親のみ。それが千与の唯一の誇りだった。

「そなたには申し訳ないことをしておるな。」

「え?なにをおっしゃるのです、父上…」

「―私が武士でなかったらそなたは誠に恋い慕う男子と夫婦になれただろう。」


心臓が飛び出しそうな衝動を覚えた。もしかしたら、父は気付いているのかもしれない。自分の恋心に。ひた隠しにしている想いに。

でも父はそれ以上なにも言わずに自室に入っていった。どこと無く悲しげな笑顔だけ残して。