その後も、四六時中彼女は神に祈りを捧げた。
どうか、由親を、父上をお助けくださいと。

その祈りが届いたのか、姉川の戦いは信長が制し、二人は無事帰省した。
その姿を見て、千与は安堵し、喜びの涙で頬を濡らした。

「よくぞご無事で、」

神に感謝をいくらしても足りない程に嬉しくて、千与は久しぶりに誠の笑みを浮かべた。

「千与、なにを泣いておるのだ。そなたはまだまだ子供だな。」

父はそう穏やかに言う。そんな二人を見て、由親は笑みを零した。

「由親も…よくぞ生きて帰ってきたな。」

本当は真っ先に言いたかった言葉。生きて帰ってきてくれてありがとう。
でも父に、由親に想いを寄せていることを悟られたくなかった。昔から、千与はその恋を誰にも明かさなかった。

叶わないとわかっていたから。いつか訪れる別れを、笑顔で迎えたい。
告げることが出来たら、どんなにいいか。

いつか、由親も妻を取る。その妻に、なりたい。
けれど、父の出世には一人娘の自分が必要なこともわかっている。

いつか、父も天下に名を轟かすような大名になってほしい、そう思う彼女にはその恋心を押し殺す必要があった。