由親に送ってもらい、千与は我が家に戻る。
両親を起こさぬよう足音を立てないようにゆっくり中に入り自室へ。

机の上のろうそくに火を点し、日記に手を伸ばす。
自分で作ったモノだから少々格好が悪い。でも、日々の記録が残るそれは千与の宝物だった。

千与は墨を擦る。一からの作業に少々面倒臭くなるが、その時間にいつも頭で文章を考える。
その独特のニオイが鼻をくすぐる。

日記を記す間、何度も窓から月を眺めた。
満月とは程遠いが、綺麗な月。今の千与にはその欠けた姿が名月よりもずっとずっと、美しく愛おしく感じた。

「由親…」

さっきまで一緒にいた彼にもう会いたくなって、胸の奥をきゅっと掴む感覚。
千与は何度その感覚を味わっただろう。愛しくて、愛しくて…言葉では現せない、語り尽くせない想い。

世は天正。波乱の世。
確かに、その時代を生きた彼ら。時代が、もう少しずれていたら彼らはきっと、幸せになれた。