ジュエリーボックスの中のあたし

あたしは咄嗟に手を伸ばしてそれを取ると、一番尖った部分を橘さんの顔に突き立てた。



「これ以上続けるようだったらあたしあなたを刺し殺すわよ!」



しかし橘さんは一瞬驚いたような顔はしたものの、焦りもせず恐れの表情すら見せなかった。



そうして橘さんは歪んだ微笑みをあたしに向け、そのマグカップの砕片に自分の顔をグッと近づけた。



橘さんの頬からツーと一筋赤色の液が流れ、あたしの顔にこぼれ落ちた。



「美里に殺されるのなら本望だよ。」



そうして橘さんの手はあたしの胸に触れ始めた。


……狂ってる。



この人は完全に狂ってる。



お店に来たとき、何故見抜けなかったの?不審な動きはたくさんあったのに。



ううん。それよりなによりユキは気づいてたんだ。



あの香水を嗅いだ日から何か引っかかりを感じていたに違いない。ユキには野生の嗅覚みたいなものがあるもの。



そしてミッキーの目を見て引っかかりは確信に変わったに違いない。



ユキ、助けて。ユキ、ユキ、ユキ、ユキ、ユキ…


「美里、いっそ僕を殺してくれ。」



いっそ本当に殺して差し上げようか。



そこまでは出来なくても橘さんに怪我を負わせたらいい。



このマグカップのかけらを背中に突き付けたら痛みできっと隙ができる。


そしたら逃げられるかもしれない。



あたしは背中に向けて思いっきり手を振り上げた。



「じゃあお望み通り殺してあげるよ。」



あたしと同じ気持ち、しかしあたしの声ではない別の、冷たい冷たい声が橘さんの向こう側から聞こえた。