あたしは一度ならず何度も彼にあたしのものと彼のものとの区別を教えなければならなかった。



しかし努力も無駄に終わりあたしはそれをあきらめた。



彼が何者なのか、国籍、年齢、仕事、趣味、何一つ知ることは出来なかった。やっと知ることができたのはユキという名前だけ。



彼自身の話をしたことはないし、あたしも聞かない。



そしてこの殺風景な彼の部屋からはそう言った彼を知る手がかりのようなものは何も感じられなかった。



不思議な事が多い彼。しかし何よりも不思議な事が一つ。



彼、ユキは本当に一度もあたしに手を出さなかったのだ。



そのかわりに毎晩抱き枕かのようにギュッと抱きしめられて眠ることになった。



暑くなって彼が眠った後そっと体を離すと、寝ぼけた彼に引き寄せられ、たちまちまた胸の中に収まるはめになった。



何度か離れる事を試みたけど、それも無駄な努力ですぐにあきらめた。



でもなぜ、なぜあたしに手を出さないのか。普通の男性なら、こんなにいい女と同じベッドに入ってムラムラしないはずがない。



体が目的ではないのなら何故あたしは誘拐されたの?


そもそも彼の言っていることがどこまで本気なのかまったくわからない。

こんなあやしさ満点の彼と住み続けるあたしもいかなるもなのか。


それでも彼にはあたしを捕らえて離さない魅力があり、あたしはここから離れることが出来ない。


何もかもが不思議でならなかった。