帰宅し、部屋にランドセルを置いた私は、リビングから兄に「おいで」と呼ばれた。

私から兄に用はない。けれど、断る理由も優先する用もないから、素直に頷く。私の取り柄といったら、この素直さぐらいなのだ。

買ってもらった服は、クローゼットに隠した。さすがに、一着数千円もするものを頻繁に買い与えられているとは、家族の誰にも言いにくかった。私と先生の関係は、決して禁断でも違法でもないだろうが、私はなぜか、妙な後ろめたさを覚えているのだ。

ちなみにもちろんだが、ワンピースにちゃんと着替えている。お店で買った服のまま帰ってほしいという先生を説得するのには、だいぶ骨が折れたけれど。

田の字が縦に二つ並んだように、ガラスが八枚はまっているリビングのドアを開く。と、テレビの前に揃ったソファーのひとつに、兄がいた。すぐ左手に肘掛けが来る位置。そこが兄のお気に入りだ。

「おいで」

とまた呼ばれて、私は、スカートが空気を孕むように、わざとゆったり、わざと大股で近づいた。手首が、掴まれる。手付きも力加減も、優しかった。