「おまえ、さっきすごかったな」


稽古の後。
道場の近くのもんじゃ焼屋で飲みながら、道場仲間の健が言う。


「うん」
「おまえずっと、武士になりたいって、けっこう無茶な練習してるもんな」
「たいしたことはしてないよ」


素振りを毎日1時間。
それくらい、本物の武士なら、当然やっていたことだ。

例えば、幕末の時代、心行刀流の後継者であった伊庭(いば)八郎や、幕末で名を残した武士たちなら。

八郎は、箱根の戦いで左手を失ったが、その後も旧幕府軍終焉の地、函館まで戦い続けたという。

隻腕の美剣士、伊庭の子天狗と噂されるほどの剣豪で、江戸で錦絵が売られるほどの美形でもあったらしい。

医学の発達した今でさえ、片腕で戦うなんて考えられない。
ましてや150年も昔なら、本当なら致命傷じゃなかったんだろうか。


ああ、そうか。


ふいに、悟志は気づいた。

だから、両手が使えるということに、さっき俺は感激したんだ。
多分、道場で稽古をしているうちに、伊庭八郎の思いを無意識になぞっていたのだろう。