「おやおや」

困惑しているのか、驚いているのか、それとも年の功とやらでそうでもないのか。
見るからに小学生な男女二人の駆け落ち宣言を、ばあさんはゆっくりとした頷きで受け止めた。

「お父様がね、ヒロくんの事を認めてくれないの。別に今すぐ結婚だなんて考えてない。法律だとヒロくんが18歳にならないと私達は結婚出来ないんだって事も調べたの」
「ほうほう」
「だから私は、そうなるまではちゃんと真面目なお付き合いをヒロくんとするつもりだったの。なのにお父様がヒロくんを家から追い出そうとしたの。だからあんな家出て来たの、ね? ヒロくん」

名前を呼ばれたヒロくんは、白い筋まで綺麗に剥き終わった蜜柑をマーちゃんに食べさせ、彼女が幸せそうにほうばっている間に力強く頷いた。

「すごく甘くておいしい。ありがとう、ヒロくん、おばあさん」

どこか幼稚ながらも品を感じさせる礼。お父様という呼称からも、なにかしら良い家の出らしい。
と、二人の視線が通路へ流れ、遅れてばあさんがそちらへ目をやる。

「シャショーだっ!!」

弾んだ声で言ったのは、今まで口数の少なかったヒロくん。
彼は通路を歩いてきた小猫をじっと見つめ、やや慌てた様子で蜜柑を隠した。

「シャショー、おいで」

握ったままの手を見せ付けるように降り、なんとか気を引こうとする。
だがシャショーと呼ばれた小猫はそのまま通り過ぎて行った。

「んん〜……」

ぐずるようなマーちゃんの声。
大好きなヒロくんが自分のすぐ近くで猫に夢中になってしまったのが悔しいのだろう。
彼女はヒロくんに抱き着き、彼の胸元に顔を埋めた。だというのに、未だ猫に気を取られているヒロくんは、胸元のマーちゃんに気付かず背もたれごしにシャショーの行方を追おうと立ち上がった。
弾かれるようにして押し出されたマーちゃんは急に顔を強張らせ、

「ヒロくんのバカァ!!」

その足に力一杯噛み付いた。