「……もう私、殺されてもいいわ。

だって、耐え切れない。

こんなにも、とんでもない事が起こっているのに、


まだ本当は何も『始まっていない』って、……そう、思える、から……」
 

吉野は泣き崩れた。
 

樋口は、吉野に触れようとして、その肩を抱こうとして躊躇って、結局やめた。

そんな資格は無いのだと、自分に言い聞かせる。

吉野にもそれが分かっていた。

だから、樋口の方を見もせずに、ただ泣いていた。

自分達の関係も、大分拗れたまま放置している。

世の中にあるのは、時間が解決してくれるものばかりではないのだ。


やがて、彼女は何年も前に見た悪夢を思い出した。




灰色で輪郭のぼんやりとした世界の中で、どこからか赤ん坊の泣く声がするのだ。