アパートが近づくにつれ、全身に嫌な緊張感が広がり始めた。

アイツに見つかったら最後だ。
力では男にかなわない。

曲がり角に隠れて部屋を伺っていたら、後ろから女の人に声を掛けられた。
振り返ったら、大家さんが立っていた。


「あらあ、やっぱり。
知り合いのところに行ってるって聞いてたけど……戻ってきたのね。

ずいぶん変わっちゃって、最初はわからなかったわ」

そう言いながら大家さんは、私の顔を無遠慮にまじまじと見た。
この人だけはずっと優しかったと、私は思い出した。



二年前まで毎月、私は大家さんに家賃を届けていた。
大家さんはそれを受け取りながら、
「あなた、大丈夫?」と、
いつも真剣に尋ねてくれたのだ。



大家さんは私に一歩近寄った。
そして、大げさなくらい周りを気にしながら、囁いた。

「あの男の人ね、酔っぱらってケンカして、刺されちゃったのよ。

腎臓まで傷つけちゃって、当然、警察沙汰。

それが、群馬だか栃木だか、そっちの方に奥さんがいたのよ。

警察から連絡がいって、奥さんがこっちへ来て、
あなたのお母さんと女同士のゴタゴタがあったけど、
結局夫婦二人で帰ったわ。

それからはお母さん一人よ。

あなた、また一緒に住むの? 

お酒止めるように言ってね。
あのままじゃ、ダメ」


囁き声は、最後には普通の大きさの声になって、私は少し和んだ。