「悪い」

服を引っ張られていて苦しいはずなのだが、道成は顔を下に向けたまま小さく謝罪を述べるだけだった。

「お前、謝ってすむ」

「問題だよ」

高沢が道成に怒りをぶつけようとしたため、マリアは言葉を被せ、高沢とは反対の言葉を吐いた。

「謝られた。だから、もういい」

本人がそういうのだから、もういいだろうと思うと、阿久津が頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

「マリアちゃんは本当に優しい子に育ったな」

「阿久津さん、止めてください。ただでさえ、長いから絡まりやすいのに」

ぶつぶつ文句を言いながら、阿久津の手をどかそう奮闘する。

「マリアちゃん…“阿久津さん”って…」

「阿久津さんはこの人。後輩なんだから、名前くらい知っているでしょ?」

マリアは隣でからかっている阿久津を指差しながら言う。

「こら、マリアちゃん!人を物みたいに差さない」

「物ならいいの?」
「うん」

じぃ~っと目線を横に流し止める。

「おい、マリア。俺は物じゃないぞ」

今もなお、道成の襟元を掴む高沢が面倒くさげにマリアの質問に答えた。

重い空気も無くなった時、

「なぁ、久志」

「なんだ、弥生?」

「“阿久津さん”って…」

「あぁ、あの“阿久津”だろうな」


弥生の言いたいことは既に久志もわかっていたのだろう。
その視線は弥生ではなく、阿久津を見ていた。