黒猫前奏曲

「おぉ、マリア。もう来てたのか」

着替えてフロアに出るとクラブサンドを作る高沢が声をかけてきた。

「ボス、久しぶり」

マリアはキッチンの蛇口をひねり、水を出し、手を洗い始める。

「もう、お前のバイト時間になったか。時が経つのは早いなぁ」

そう言いつつ、壁に掛けてある時計を見る。

「おい、マリア。バイト時間、いつもより30分も早いじゃ」

ないか、と続くはずの言葉が聞こえず、マリアは蛇口を捻り水の排出が無くなるのを確認すると、高沢を見た。

「マリア、その痣どうした?」

マリアの手首を見ながら呟いた。

「おい、マリア聞いているのか?」

マリアが何も言わないでいると、高沢が語尾を強め再度聞いてきた。

「マリア、早く言え!」

「高沢さん、どうしたんですか?騒がしいですよ。外まで聞こえてましたよ」

外にいた阿久津も不振に思ったのか、面倒くさそうな表情でホールに現れた。

「阿久津、だまってろ。なぁマリア、これは誰にやられたんだ?」

「マリアちゃん、やっぱり誰かにやられたの!?」

阿久津の言葉に、高沢がマリアから目を逸らし、阿久津を睨みつけた。

「おい、阿久津。“やっぱり”ってなんだ?」

口が滑ったのか、阿久津が慌てて手を振り弁解しようとするのだが、先ほどのマリアの時とは明らかに違う、鋭い目付きの高沢に阿久津は睨まれる。阿久津を見る姿は、昨日道成たちが話す伝説の人物であることを思い知らされてしまう。

蛇に睨まれた蛙のように、阿久津は高沢に目を向けたままピクリとも動かない。

ここにマングースは現れないだろうか?と、マリアは他力本願なことを思ってしまう。