黒猫前奏曲

バイト先までそのまま走っていったマリアは、裏口から入ろうとした瞬間、出先で誰かとぶつかった。

「マリアちゃん?」

「阿久津先輩」

そこには、バイト着を身に付けた阿久津が、一服しようと思ったのか、灰皿を片手に立っていた。

「煙草?」

「あぁ。高沢さんが今、禁煙してるから中で吸うなってうるさくてさ。お客は吸うのにひいきだよな」

そのうち、俺まで禁煙させられそうだよ、と乾いた笑いが響いた。

「ところで、マリアちゃんはそんなに走ってきて何かあったの?」

阿久津は腕時計で時間を確認しながら、

「まだ、バイト時間は早いよね?」

阿久津は灰皿をビールケースの上に置き、煙草に火を付けながら、マリアを追いつめられていく。

阿久津は高沢とは違う意味で厄介だった。その意味は、勘が良いと言えばいいのだろうか。とにかく、感づきやすいのだ。

「それとも、誰かに追われてた…とか?」

確信を着くように、マリアを盗み見た阿久津の顔は決定に変わっていた。
あえて最後を疑問系にしたことは、マリアをより一層追いつめていた。

「ちょっと、絡まれただけ」

マリアが言いたくないのか、そっぽを向き答える。

「そうか。にしても、高沢さんや俺やあいつがいるから、マリアちゃんは危ない目に合わないと思ってたが…」

フーッと勢いよく空に煙を噴き出しながら、阿久津は呟いた。

「危ない目?」

「あぁ、こっちの話」

気にしないで、と笑いながら阿久津は、灰皿に煙草を勢いよく押しつぶした。

マリアはそのギャップにどう対応していいかわからず、着替えることを告げ、そのまま入っていく。

「ったく…俺らの可愛いお姫様をどこのどいつが追いかけ回しているのだか」

マリアの音が奥へと続いていくのを感じながら、阿久津は呆れた表情で、まだ見ぬ相手に言った。