淑恵はうつむき、うわ言のように『あの人』を繰り返しはじめた。

「あたしに暴力を振るっただけでなく、実の娘にまで手を出すなんて…」

淑恵の体の震えは止まらない。

歯がカチカチと鳴り始めた。

「あの人ってあなたの死んだ旦那さんのこと?」

あたしが訊くと淑恵は目を見開き、こちらを向いて『なぜ』という口の形を作った。

「ごめん。事情があってあなたの過去を調べさせてもらったの」

「そうだったの…」

「いい、淑恵。落ち着いて聞いて?」

あたしは淑恵の手を取った。

「あなたの旦那さんはもう亡くなってるの。今さらあなた達に手を出すことなんて、できないのよ?」

「わかってるわよ、そんなこと!」

淑恵が憎しみにも似た顔であたしを見た。

「でも理花があんなことになるだなんて、あの人の仕業以外に考えられないじゃない!?」

そう叫ぶ淑恵の目は血走っていた。