その間に火を点け、姿が見えなくなるまで走り去ることは不可能だった。

「おかしな話よね」

大家さんはそう言ったが、あたしの脳裏には『オバケ』の3文字が浮かんでいた。

こっそり火を点けてまわるオバケだなんてこの世(あの世?)にいるのかしら?

そう考えて、なにをバカなことをと思い直し、あわてて首を振る。

「刑事さん?」

大家さんが訝しげな目でこちらを見ていた。

てっきりあたしの行動に対してかと思ったが、視線はあたしの後方に向いていた。

振り向いたそこは大家さんの車のガレージ。

壁はなく、トタン屋根だけの開放されたガレージに、1台の銀色の車が停まっている。

午後の陽射しを受けて、銀の車体は輝いていた。

その車のそばに達郎が屈み込んでいた。

達郎は車のタイヤをじっと見つめ、ホイールを指でつついていた。

「やめなさい達郎」

子供かあんたは。

「あの、うちの車がなにか?」

心配そうな顔で大家さんが言う。