「火事が起きた時、あたりに人気はなかったと聞きましたが?」

答えあぐねていると、横から達郎が口をはさんできた。

「そうなのよねぇ…」

大家さんは右手を頬にあて、首をかしげた。

「火事が起きた時、あたしは2階のベランダで洗濯物を取り込んでたんだけど…」

裏庭でのボヤ騒ぎの後、アパートを見張るようにしていた大家さんは、洗濯物を取り込みながらも、ちらちらとアパートに視線をやっていた。

洗濯物を取り込み終え、カゴを手に立ち上がった時、淑恵の部屋の前にあった新聞紙から煙が上がっているのが見えた。

「あたしあわてて階段をかけ降りてね、バケツに水入れて外へ飛び出したのよ」

幸い火はすぐ消し止めることができた。

しかし消火後、冷静になった大家さんは、バケツ片手に首をかしげた。

あたりに火の気はなく、人気もまったくなかったからだ。

火に気付くまで、アパートから目を離したのは、ほんの数秒間のこと。